トリチウム海洋放出にかかる合意形成

紫波町産業政策監 農村政策フェロー 小川勝弘

4月14日の本紙に「処理水放出2年後着手 福島第1原発 政府が正式決定」の記事が掲載され、その後、連日関連する記事が掲載されている。県議会では国に慎重対応を求める意見書を可決、政府は風評対策の行動計画を年内にも作成、国際原子力機関は日本の決定を歓迎、一方国連特別報告者は「深い憂慮」を表明している。これでは、とても国民の合意形成がなされたとは言い難い。

このため、筆者が考える3つの懸念を述べてみたい。

一つ目の懸念は、三陸沖の漁場に及ぼす影響である。トリチウムは、水の分子となって存在するため、海洋放出されたトリチウムは、黒潮と一体となり三陸沖に北上してくる。世界三大漁場の三陸沖は北からの親潮と黒潮がまじる潮目で形成されている。トリチウムは、この潮目に滞留することが懸念される。放出は、廃炉作業が完了するまで続き、トリチウムの半減期は12.3年である。このため、放出により大量のトリチウムが三陸沖に長い年月滞留するのではないかと懸念される。

二つ目の懸念は、トリチウムの健康に及ぼす影響である。トリチウムの放射線は透過力が弱く外部被爆の危険はないとされているが、内部被ばくの危険性は残されている。三陸沖の潮目にトリチウムが滞留し植物プランクトンに取り込まれた場合、食物連鎖により三陸の魚介類の中で生物濃縮が起こることが懸念される。人間は食物連鎖の頂点にあるため、トリチウムの生物濃縮により人間が最も強く影響を受けることになる。国の基準の1/40に希釈しても放出されるトリチウムの総量は同じである。  

三つ目の懸念は、海洋放出の妥当性である。ロンドン海洋投棄条約では陸上で発生する廃棄物の海洋投棄を禁止している。このなかで放射性物質の投棄が可能かどうかは、国際原子力機関が示す定義にゆだねられている。我が国でもトリチウムの排出基準が定められているが、この基準は、原子力発電所が電力を供給するという社会的に価値のある事業を実施しているときの排出基準ととらえるべきで、原発事故で生じた汚染水は、廃炉に伴う放射性廃棄物として事業主が責任をもって地上で処理すべきものではないのか。この考えに立てば、汚染水の海洋放出は、ロンドン条約で禁止している廃棄物の海洋投棄にあたるのではないかと懸念される。

これらの懸念を払拭するためには、放出による風評被害にとどままない幅広い議論をするべきと考える。もとより安全と言われ続けてきた原子力発電所の今がここにある。